2012年10月25日木曜日

お寺を巡る歩きーコスモスの般若寺、法然上人念仏石、身代わり申

10月24日、7時50分JR上狛駅を出発し、京都府木津川市から奈良県奈良市へと歩いてきました。
一番始めに寄ったは泉橋寺では、大きなお地蔵さんに迎えられました。

そこから木津川を渡って大智寺へ。
重文の獅子の上に座した文殊菩薩と脇像の十一面観音を拝観して、お参りさせて頂きました。
山門の屋根に乗せられた瓦と像も興味深かったのですが、容量節約で省略です。

その後、和泉式部のお墓にもお参りしましたが、和泉式部のお墓は全国にたくさんあり、ここもたくさんあるうちの一つですとのこと。

次に寄ったのは安福寺。平重衡の供養塔といわれる十三重石塔があり、ホトトギスの花が綺麗に咲いていました。

この後岡田国神社を訪ね、早めのお弁当を食べ、奈良へ向かう峠へと歩きました。
通り過ぎてしまってから、気付き、後戻りして確かめたのが「念仏石」
 市坂の峠で、法然上人が「南無阿弥陀仏」と書いた紙と、大きな石とを天秤にかけると、石が持ち上がっていったという言い伝えのある石です。1×2mはありそうな巨石です。

奈良市に入って寄ったのは、奈良豆比古神社
重要無形文化財の翁舞が奉納される神社。立派な絵馬が上がっていました。
 この神社で有名なのは境内の 奥にある、樹齢1000年といわれる楠の巨木。
幹周り7.5m、高さ30m、奈良県の天然記念物に指定されています。

この後寄ったのが、コスモスの般若寺。天平時代に建てられ、鎌倉時代に再建された寺で、日本文学にはよく登場してくる。
鎌倉時代に建てられた楼門は国宝です。

この後、転害門を経て、東大寺へ。修学旅行の団体に圧倒され、外からお参りし、入らずにスルーして、戒壇院へ。堂内には四天王が安置されていました。天平時代に造られた塑像(=粘土造り)というのに驚かされました。(撮影禁止なので写真はありません)

で、その後行ったのが、興福寺の南円堂。更にそこから元興寺。蘇我馬子が高市郡の飛鳥に初めて仏寺建立した飛鳥寺を、この地に移したお寺です。710年に都を奈良に移すときに移され、その時の瓦が一部残されて、現在でも屋根に使われいます。

元興寺には宿坊跡のお寺と、塔跡のお寺との二つのお寺が残っていました。二つのお寺を取り囲んで造られいる「奈良町」も、とっても魅力的な町でした。
中でも一番目についたのが「身代わり申」。
庚申さんお使いの申(さる)を型どったお守りで、この辺りのお家はたいてい、災いが家の中に入ってこないようにと、軒先に吊るしてありました。

奈良県に住んでいても、奈良市内のことは知らないことばかりです。初めてのことがほとんどで、14kmの道のりを、楽しく歩かせて頂きました。
書いておきたいことはいっぱいありますが、うまくまとめられず、荒筋だけになってしまいました。

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2 件のコメント:

  1. 住んでいる県でも知らないところは沢山ありますよね。
    奈良は神社や史跡がいろいろあって歩いていても楽しそうですね。
    お店の佇まいも素敵ですね。身代わり申はじめて知りました。飛騨のさるぼぼにも似ていますね。

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    1. ゆきりんさんへ 
      神社や史跡の楽しみもそうですが、「奈良町」という風情ある町並も、今回は私には楽しみでした。
      奈良県の中でも、私には縁遠い奈良市内ですが、いっときはシャッター通り?という傾向もあった町が、ずいぶん活性化されているのに驚きました。
      私も見た一瞬、さるぼぼという名前が頭に浮かびましたが、ここではそういう表現はありませんでした。

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