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2012年3月4日日曜日

四十九日も雪景色の中で

3月3日、母の四十九日の法要の日となりました。

明け方まで続いていた雨は夜明けとともに綺麗に上がってくれていました。
小坂田んぼは、いかにも但馬らしい、霧の景色に包まれました。(朝8時過ぎ)


法要が終わると、お墓にお骨納め。
ところが、村のお墓は、↑の霧がたなびいている下、中央右寄りの白く雪面が見えている、小さいけれど山の上にあります。今年の例年にない大雪のため、お墓へ上がる道は雪で塞がれてしまっていました。
いえ、塞がれているはずだったのですが、兄が、2週間ほど前から、雪が降るたびに何回か雪かきをし、前日にも家族総出で足元を開けてくれていました。

上から振り返ってみた様子

最後の、墓地への上がり際の振り返り。
コンクリート面が土面になる、最後の坂道のところには滑り止めシートを敷いてくれていました。

 実家の墓は、村の墓地の入り口近くにあるので、雪かきは墓地の前まで。
その先はしっかり雪に埋もれていました。
墓地の奥に残っている雪の量を見ると、雪かきがどんなに大変だったか・・・
お参りをしている間、後ろの薮や林の中で、カラ類の声が響いていました。

納骨が終わると、次はお寺へお参り。
屋根の雪の量はかなり減りましたが、庭に積み上げられて残った雪は、大人の背の高さまでありました。
お寺の庭木の奥ではメジロの姿と声を確認出来ました。


全て終わった後、家の裏でかまくら作りが始まりました。
今回の法事にきた子は二人だけでしたが、ひ孫たちがやってきて、楽しい笑い声を響かせてくれたのが、母にとって何よりの供養になったように思いました。



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2012年1月23日月曜日

特養コウノトリ荘

母の体が完全に不自由になったのは、2回目の脳梗塞で倒れてからでした。
父を介護する生活の中で、糖尿病から脳梗塞を煩い、父の介護を兄夫婦が引き続けていく中、母は、老人保健施設にお世話になりました。
我がままいっぱいで、それまで母に苦労をかけていた父が、母をしたい、会いたくて会いたくてたまらなく、面会に連れて行くと、顔をくちゃくちゃにして喜ぶ姿に心震える思いがしたものでした。


その後、豊岡の特別養護老人ホームコウノトリ荘にお世話になることになったのが平成14年9月。10年近く前のことでした。

会いに行くたびに、リハビリで少しでも機能が回復するようにと、自分の力で車いすを進めたり・・・

 手すりにつかまって立ったり・・・つかまり歩きをしたり・・・

 腕を上げたり、肩を動かしたり・・・


頑張っているところを見せてくれていましたが、ベッドから自力で起き上がれないというのが大きな障害でした。この1年後には父が他界しました。


 それから8年余。認知症も少しづつ進み、会話もあまり進まなくなったころ、面会に行ったときに必ずしたのが、じゃんけんと歌でした。ウサギとかめや浦島太郎、一寸法師など、昔話の童謡などを歌いながら時を過ごすようになりました。         (2008年頃の様子です)



 が、歌う声も出なくなり、私に出来ることは、母が食事をするときにスプーンを持つ手の手伝いくらいとなりました。

昼食後に、コウノトリ荘の所長さんが、入所者で希望する人を集めて紙芝居や歌のお楽しみをして下さるのを見に行ったりもしました。


「いちどきん祭」という、豊岡の4つの高齢者福祉施設で行われる、年に一度のお祭りも、何回か一緒に楽しませていただきました。


一年半ほど前からは、自分でスプーンも持てなくなり、訪ねて行って、私に出来るのは食事を口に運んで上げることだけになりました。


そして、昨年の10月のお誕生日会。私には初めて参加させていただいた、母にとっては最後の誕生日会となりました。93歳でした。一人一人記念撮影するのに、つむったまま目を開けないでいた母が、廊下に出たとたん、少し目を開けるので、「恥ずかしいから目をつむっていたんか」というと、うなづきが返ってきたのにびっくりしたりもしたものでした。このころにはもう、目を開けることも、声かけに頷き返すことも、ほとんどなくなっていたからです。


コウノトリ荘への最後の訪問となったのは、1月16日でした。その一週間前には、食事の手伝いをすることもなくなっていたので、心の準備はできていましたが。

母の隣のソファをベッドにして過ごした、初めての、そして最後の4日間。コウノトリ荘の介護士さんたちには、ほんとに良くしていただきました。付き添う家族へも細かい配慮をしていただき、夜間、のどに絡む痰を取りにも、一時間置きほどに来てくださいました。

母が息を引き取ったとき、そばにいたのは夫。私がその場を少し離れた僅かのあいだでしたが、夫は、前から私が頼んでいた通りにしてくれていました。呼吸が止まったときに、呼び戻してあげてほしいと。呼び戻して、3回目にはもう戻らなくなったとのことでした。

くしくも、母が息を引き取ったのは、私の誕生日。時こくもほぼ同じでした。

今はただ、長い間お世話になったコウノトリ荘への感謝と、母が心安らかな眠りについてくれることを思うばかりです。


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2012年1月12日木曜日

特養コウノトリ荘のお正月

今年初めてのコウノトリ荘。各部屋の入り口のお正月飾りが、かわいかったです。




今年初めて、母を見舞ってきました。見舞うという言い方をするのは初めてです。
今までは、食事のお手伝いに行っていたのですが、手伝うことが無くなりました。
が、三日目、母としっかり目を合わせることができ、ちょっとだけほっとした気持ちになれました。

三日目に行ったときに、介護士さんが、「体温が上がりにくくなっているので、レッグウォーマーをはかせて上げたいのですが」という話。「今月はパジャマを購入したので、預かっているお金が足りないので・・・」とも。こういうとき、いつもならお義姉さんに連絡するのだが、「私、買ってきます」ということに。


電気ごたつも入れてもらっているのだが、足が冷たい。靴下はゴムが絞まって血の巡りが悪くなるようだ。足をさすってあげて、少し温もったかなと自己満足してから、布団をかけたのだが・・・


コウノトリ荘から出てくると・・・一面の雪景色。

久しぶりに出会う吹雪の中、奈良に帰ってきました。

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2011年10月22日土曜日

コウノトリ荘誕生日会、出石川のコウノトリ

10月19日、豊岡市の特養コウノトリ荘の誕生日会に参加してきました。10月生の人は15人もおられました。最高令は102歳の方。入所されて20年間という方もおられました。


10時半過ぎに着くと、一人一人の記念撮影が始まっていました。「○○さん、娘さんがいらっしゃいましたよ。」と、さっそく母も写真を撮ってもらうことになりましたが、目をつむったまま。介護士さんたちがみんなして声をかけたり、体を揺すったりして下さるのですがだめ。
一人写真は結局目をつむったままの写真でしたが、「次は娘さんとツーショットで。」ということで私が横に並ぶと「あっ、目が開いた。今チャンス。」と、かろうじて一枚、目を開けた瞬間の写真が撮れました。

が、撮り終わって廊下で他の人が順次撮られるのを待っていると、母が目を開けています。「あらあ、終わってから目が開いたね。」など、介護士さんたちと声をかけておしゃべりしているとつむる様子もありません。
「おかあさん、写真を撮るのが恥ずかしかったから寝たふりしてたんやろ?」と茶化して言ってみると、はっきり頷きが返ってきてびっくり。
兄にこの話をすると、「話が分って返事したとは思われへん。たまたま偶然やで!」といいますが、私は、はっきりと分って頷き返してくれたように思うのです。



挨拶や、プレゼントや余興が終わり、10月生の15人と参加した家族の全体写真を撮り終えたのは、かなり時間オーバーでした。

私はそのまま残って母の昼食の介助をしたのですが、この日、母は、ほれぼれするほど気持ちよく食事が進みました。目も口もしっかり開いて、いつもは50分はかかるところ、なんと、20分で食事を終えてしまいました。


今回の帰省では、出石でたくさんのコウノトリに会いました。
伊豆橋の真下にいて、信号待ちで橋の上に停車していると、下から見上げてくれました。09年生の016号。

橋の欄干越しに撮れました。

そこから少し進んだところにももう一羽。伊豆の巣塔のお母さん296号です。走る車の中から大急ぎでシャッターを切りました。



餌を捕る時の羽を広げるポーズですが、何か踊っているかのように見えて素敵でした。



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2011年9月9日金曜日

コウノトリ荘、巣立ち間近のコウノトリ幼鳥

特養コウノトリ荘では、疥癬の人が出たことにより、本館と別館の生活分離がおこなわれていました。面会禁止になるほどではなくてよかったです。でも、食堂での一斉食事が出来なくて、介護士さんたちは大変そうでした。

母は前回と変わらず、目を何度か開け、私の声かけにも何度か頷きかえしてくれました。
ありがたいのは、忙しいにも関わらず、介護士さんたちが普段の母の様子を私に話して教えて下さることです。

「昨日は、○○さんって声をかけると、声は出ないけど、口を大きく開けて返事をしようとしてくれはったんですよ。」とか。
車いすからベッドに移るときに、全身を抱え込んで、丸抱えで立たせて移動しているかに見えるのですが、「○○さんは、自分で立ってくれてはるんですよ。立っていることがちゃんと分ってはるんですよ。」とか。(私がさせているときの感触では、もう足には力が入っていないように見えていたのですが、介護士さんたちは、『母が少しでも介護士さんの負担を軽くしようとしている』と受け止めて下さっているのが感じられてうれしかったです。)

「夜中にトイレに移してあげようとすると、もう動かないように見えている左手を、自分で手すりの方へもって行ってくれはるんですよ。」とか。(トイレに座らそうとしていただいているだけでも、何とありがたいことでしょう。)

介護士さんたちのきめ細かい対応に心癒されてコウノトリ荘から帰ってきました。

写真がないので、実際のコウノトリの写真を。
川の中でたたずむ2羽。右のブロックの所にいるのはアオサギです。


百合地の巣立ち間近な幼鳥2羽。今年この巣では、1回目の子育てが失敗し、2回目の幼鳥たちです。



巣材がずいぶん少ないですが、幼鳥たちが大きくなったので落としてしまったのでしょうか。
夕方5時過ぎでしたが、空に綺麗な月が出ていたので、一緒に撮ってみました。

この近くにはカメラをもった人たちが数人。巣立ちの瞬間をカメラに収めようとされているのでしょうね。
 少しはなれた電柱にはこの子たちのお父さん(275号)がじっと止まっていました。巣立ちを促しているのでしょうか。




今回の帰省で一番嬉しかったのは、夫がまた釣りを初めて見ようかと思えるほど体が回復したことでした。

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2011年8月23日火曜日

コウノトリ荘の盆踊り、キツネノカミソリ


5日前です。コウノトリ荘、この日は、夕飯がいつもより一時間早くなり、7時半頃から職員さんたちの盆踊りで、入所者の皆さんを楽しませるということでした。

お昼に行ったときに「夜また来ます」と言っていたので、5時過ぎに連絡が入り、食事開始より30分ほど遅れて着きましたが、なんとか食事の手伝いをすることが出来ました。


食事が終わると、この食堂が踊りの会場となるそうです。浴衣姿の職員さんたちも見られ、とっても楽しそうでした。

今回は、日帰りのとんぼ返りだったので、盆踊りには参加できず帰ってきました。
ずいぶん出かけていなかったので、どんな様子か気になっていたのですが、母は、前回とそれほど変わりなく、一安心でした。

コウノトリ荘を出て実家への道で面白い形の雲が見えました。渦巻きになっています。
この日は、近畿地方は前夜からの雨で、最高気温が25度。


この後道端で見つけたのがキツネノカミソリ。

この場所では、ほんとはツリフネソウに会いたかったのですが会えませんでした。

その後撮りたくなったのは、
この雑草だらけの田んぼ、なぜ撮りたくなったかって?
高齢化で手入れが出来ていないのだろうかと、一瞬思ったのですが・・・
いえ、この辺りの米作りの様子を表しているのではないかと。
無農薬を売り物にしている、除草剤を使わない、いわゆる「コウノトリ米」の田んぼではないかと。

日も落ちて、暗くなって奈良へ向かうときに気づいたのは、秋の虫たちの合唱。チンチロリンのマツムシ、ガチャガチャのクツワムシ。リーンリーンのスズムシ。気温も21度まで下がりました。
このまま秋になることはないよななど話ながら帰宅しました。
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2011年4月17日日曜日

コウノトリ荘で花見、そして城崎でも花見

出かけるのを一週間遅らそうかと悩みながらも、思い切って出かけました。
コウノトリ荘に着くと、私の顔を見て介護士さんたちが言われたのが「今日はお母さんは絶好調なんですよ。しっかり目は開いてるし、声も出しはるんですよ。自分の名前を言いんさるんですよ。」「今日みたいな日に娘さんが来んさったら喜びんさるのになあっていってたんですよ。」

今回思い切って出かけてきて大正解でした。母の絶好調は2日間だけで、三日目の夕食時には、いつも通りに戻っていました。自分で口を大きく開けたり、話しかけることにしっかり頷き返してくれたりする母は久しぶりでした。オウム返しではありましたが、私の名前もかすかに声に出して言ってくれました。くるのを遅らしていたら、この姿に会えないところでした。


昼食後、母の様子もいいし、外は快晴の春日和で暖かく、桜も満開だったので、介護士さんの了解を得て、思い切って母を花見に連れ出しました。

無理をすると行けないので、母との花見は数分で終え、ベッドにもどりました。


その後、私は、城崎に行き、木屋町通りを川沿いに歩いて桜を楽しんできました。







今年は、ウソがたくさん来て花芽を荒らしたためか、花のつかない枝が多かったです。一緒に行った人の話に寄ると、例年と比べ花の量感がなかったとのことでした。でも、私にはここの花見は初めて(たぶん)で、とっても見応えのあるものでした。
欲を言えば、私としては、ピンクの提灯は無い方が嬉しいなと・・・
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